ウェブサービスの事業計画立案で大切な、KPIベースのP/Lシミュレーション

弊社では、インターネットを活用した新規事業に携わることがあります。戦略から携わりながら事業計画を作成することもありますが、作成された事業計画、特に、特にP/Lを精査してほしいとの話まで、実に様々です。

また、事業ではなくウェブサイトのKPIを定義するといった案件もあります。コーポレイトサイトの場合は定性的なものが多く、該当するケースは稀ですが、ウェブを中核としたビジネスを推進する場合は、参照するのはやはり事業計画、特にP/Lなのです。

売上導出の参照値がKPIとリンクしているか?

精査の論点は様々ですが、今回は特にP/LのP、Profitに着目します。それは売上のもととなる顧客の想定数が甘いといった類いの話ではなく、よく精査の対象となるのが、事業の収益構造とマーケティング、そしてウェブサービスにおける機能開発の管理指標(KPI)とのリンクです。

P/Lは、基本的にProfitとLossの集合となりますので、売上の算出に必要な顧客数や、一人当たりの売上、単価といった項目と、経費項目を作成すればそれなりのものが出来上ってしまいます。ほとんどが、人口データや産業人口等をもとに、どれだけのシェア獲得を目標とするか等、様々なパラメーターを利用して想定するものです。しかし、売上を構成する顧客数等の拡大メカニズムが、マーケティングや開発を推進する上での管理指標、KPIとリンクされていないものだと、活動が事業成長に働きかけているのか不明となり、是非が図れないばかりか、事業計画そのものが机上の空論になってしまいます。

Evernote(エバーノート)に見る収益構造とKPIのリンク

KPIとリンクさせるには、収益構造を明確にし、それらを分解することから始めていきます。具体的な事例を交えて見てみましょう。

例えば、Evernote。フリーミアムの成功事例として、多く取り上げられるだけでなく、多くの人が利用しているアプリケーションだと思いますが、売上は、以下の構造となっています。

  • 売上 = プレミアムユーザ数 × 単価
  • プレミアムユーザ数 = 全体ユーザ数 × プレミアムユーザ率

無料で利用できる範囲は、一ヶ月のアップロード量として60MBまでと設定されています。有料になるのはこのラインを越えるまでアップロードするユーザを増やす必要があり、以下のように定義できます。

  • プレミアムユーザ率 = 月間アップロード量60MB以上のユーザ数 / 全体ユーザ数
  • 月間アップロード量 = ファイルサイズ × 回数 >= 60MB

つまり、Evernoteの売上を増大する、言い換えれば、プレミアムユーザ率を増大させる、ためには、ファイルサイズが大きいものを高頻度でアップロードさせるような機能を提供していくことが前提になります。

Evernoteでは、当初、他のアプリがEvernoteをファイルレポジトリとして扱えるAPIを提供してエコシステムの拡大を図りました。このエコシステムはEvernoteのファイルレポジトリ(言い換えれば「記憶」)領域を単にEvernoteだけで利用してもらうだけでなく、様々なアプリケーションをサポートすることで、リスクを低減しながらも、ファイル量と頻度を増大していく狙いがあったのだと思われます。

そして、資金調達が順調に進むにつれ、Skitch(写真や画面キャプチャに矢印やメモを追加できるアプリ。Evernoteと同期される。)の買収による統合やEvernote Food等、様々なライフシーンでイメージなどをリポジトリとして使うような機能、アプリケーションを自ら開発しています。

これらは、全てファイルサイズの増大と高頻度化をもたらすものであり、この機能開発そのものが、月間アップロード量を増大し、プレミアムユーザ率の向上、さらに売上増大にリンクしていると分かります。

もちろん、無料で使える範囲を限定していくと逆にユーザの不満が高まりますから、適切なプレミアム会員率はどこなのかといった議論は常に必要で、更にインフラや人件費等経費のバランスの最適化は常に必要でしょう。Evernoteが実際に上記のようなマネジメントしているかどうかは分かりませんが、ユーザの利便性を追求しながらも、確実に売上増大にヒットする機能やアプリケーションをリリースできていることは確かです。

KPIベースのP/Lは、ウェブサービスの推進に欠かせないマネジメント環境の基礎となる

まず、根幹となる収益構造をもとに、指標を分解していくことで、マーケティングと開発チームの活動の評価を行うKPIが導き出されます。P/L上で扱われる顧客数の想定は上記のようなKPIを参照値とすることで、事業計画とマーケティング施策、開発計画がリンクされるのです。KPIは、様々な場面で使われますが、日々の活動のフィードバックを得て、試行錯誤するためのマネジメント環境を整備するという観点であれば、確実にP/Lとのリンクが必要になります。また、マーケティングや開発が一丸となって突き進む共通の目標ともなり、さらに施策や開発機能リストの優先順位付けの視点ともなるのです。

今回はフリーミアムの例となりましたが、その他のビジネスモデルでも、アクティブ率や紹介率、継続率といった指標が顧客数の想定、そして売上に関連しています。こうした視点をもって計画を立案することで、机上の空論にとどまることなく、魂のこもった事業計画となるでしょう。

昨今、ウェブサービスにおいてのマーケティングと開発は、融合が進んでいます。マーケティングというとコミュニケーションに目がいきがちですですが、企業活動全体がデジタル化するにつれ、コミュニケーションとユーザ体験の境、そしてマーケティングと開発の境はより曖昧になっています。ITを理解するマーケター、マーケティングを理解した開発者、どちらも必要となっているのです。こうした新しい環境でウェブサービスを開発・運営していくには、事業計画はシェア獲得の視点ではなく、KPIベースのP/Lシミュレーションが大事な視点となってくるでしょう。